藤田剛史

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(代表的なデッキ)
(「恐ろしい男である」事の理由と意味が分からなかったので。)
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*彼の[[カウンターフェニックス]]はメイン63枚という常人と違ったチューンが施されていた。
 
*彼の[[カウンターフェニックス]]はメイン63枚という常人と違ったチューンが施されていた。
 
**その前の[[The Finals97]]でも、メイン63枚の[[青白コントロール]][[デッキ]]を使用していた。デッキ枚数に何か拘りがあるらしい。
 
**その前の[[The Finals97]]でも、メイン63枚の[[青白コントロール]][[デッキ]]を使用していた。デッキ枚数に何か拘りがあるらしい。
**当人曰く「デッキは60枚で組み、大会当日の顔ぶれを見て3枚カードを追加する」らしい。恐ろしい男である。
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**当人曰く「デッキは60枚で組み、大会当日の顔ぶれを見て3枚カードを追加する」らしい。
 
*生涯獲得賞金・プロポイントともに日本人トップである(2007年6月現在)。
 
*生涯獲得賞金・プロポイントともに日本人トップである(2007年6月現在)。
 
*2007年に日本人初の[[マジック・プロツアー殿堂]]入りを果たす。
 
*2007年に日本人初の[[マジック・プロツアー殿堂]]入りを果たす。

2009年9月16日 (水) 15:21時点における版

藤田 剛史(ふじた つよし)は、「ローリー」の愛称で知られる、関西を代表するトッププレイヤー。モットーは「マジックは楽しくなければ」。

日本選手権98で関西勢初の入賞を果たし、日本のマジックシーンに大きな影響を与える。そしてグランプリ京都00で初戴冠、プロツアー東京01では日本人初のトップ8、プロツアーサンデー進出を果たす(準優勝)。そして2004年、プロツアー神戸04では彼の製作したビッグ・レッドを操る黒田正城が日本人初のプロツアーチャンピオンとなり、日本選手権04では6年越しの待望の日本王者に輝く。

これらの活躍から、"Resident Genius"としてインビテーショナル05に招聘され、惜しくも決勝でTerry Sohに敗れるものの準優勝の活躍を見せた(この時彼のデザインしたカード宝石の洞窟/Gemstone Cavernsである)。

その後も活躍を続け、世界最高のデッキビルダーの1人に数えられており、また現在の日本のマジック界の顔の1人と言っても過言ではないだろう。実力と人望から、関西地方の総大将といえる。

また、構築での実力から海外の調整チームから参加を乞われるようになった最初の日本人プレイヤーでもある。

  • 実年齢はトップシークレット。プロツアーのプロフィールの年齢は偽りである。
  • 彼のカウンターフェニックスはメイン63枚という常人と違ったチューンが施されていた。
    • その前のThe Finals97でも、メイン63枚の青白コントロールデッキを使用していた。デッキ枚数に何か拘りがあるらしい。
    • 当人曰く「デッキは60枚で組み、大会当日の顔ぶれを見て3枚カードを追加する」らしい。
  • 生涯獲得賞金・プロポイントともに日本人トップである(2007年6月現在)。
  • 2007年に日本人初のマジック・プロツアー殿堂入りを果たす。

主な戦績

代表的なデッキ

参考

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