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原根健太

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原根 健太(はらね けんた)は、東京のマジックプレイヤー。「j-speed」のハンドルネームでも知られる。

概要

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小学生の頃にコロコロコミックでマジックを知ったが、敷居が高く感じたため中々始める機会が無かった[1]。

その後はディメンション・ゼロ、デュエル・マスターズ、遊戯王OCGなどの競技プレイヤーとして活躍。マジックを始める機会がなかった中でもカバレージや配信などには常に目を通し、世界選手権にも興味をもっていたという[1]。

そんな原根は2013年末に全く面識のなかった市川ユウキにTwitter上で勧誘され、突然の勧誘を不可解に思いながらもタルキール覇王譚期からマジックを開始。本人曰く、他のプロプレイヤーとは異なり、珍しく最初からプロプレイヤー志望であったとのこと[1]。

競技プレイ環境が整備されていることを理由に2014年9月以降マジックに専念。まずは初出場となるプレミアイベントのグランプリ静岡15に出るためにMagic Onlineで猛練習を行ない、11位入賞を果たす。グランプリ静岡15の3ヵ月後のグランプリ京都15では3位入賞。プロツアー「マジック・オリジン」にも出場したが、練習するコミュニティが当時なかったので練習不足により散々な結果に終わった[1]。

その後、練習環境作りのために上京して就職。ワールド・マジック・カップ13名古屋予選ベスト8に入賞した実績から齋藤友晴からHareruya Prosに勧誘され、2015年11月よりこれに加入[1]。以降2018年10月までの3年間所属していた。

以降コンスタントに活躍を重ね、プロツアー「破滅の刻」では12位に入賞し、初のゴールドレベルに到達した。日本選手権17では初タイトルを獲得。またそれにより日本代表としてワールド・マジック・カップ17への参加権を獲得し、日本チーム初のワールド・マジック・カップ優勝に貢献した。

人物・エピソード

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  • 「j-speed」のハンドルネームは別カードゲームの大会に出る際、適当にキーボードを叩いて決めたもの。
  • 市川ユウキらとの交友が深く、大会前の調整はMusashiメンバーと共同で行っている。Musashiの主要構成メンバーの所属先Team Cygamesから「7人目のMusashi」と呼ばれることもある[2]。
  • 2009年にディメンション・ゼロの日本大会で優勝[4]。一区切りついたことをきっかけにマジックのルールを覚え、フェアリーデッキを手にグランプリ・トライアルに出てみたものの、最終的には一度断念したという[5]。「当然ミラーマッチの知識もなかったため、相手のコショウ煙/Peppersmokeに苦しんだ」と術懐している。
  • 現在はマジック専門のプレイヤーとして活動しているが、その実績からか過去にプレイしていたトレーディングカードゲームのことがたびたびネタにされる。
    • 活躍するとファンからは遊戯王OCGのアニメシリーズのタイトルにならい、「原根☆(活躍した実績など)☆健太」と呼ばれることが多い。
    • 日本選手権17で優勝した際に、当時原根をスポンサードしていた晴れる屋では優勝記念セールが行なわれたが、アンケートの結果マジック専門店にもかかわらずマジックとは全く関係ないカードが販売されるという珍事が起こった[6]。
  • デッキの中ではウルザトロンが大嫌い[7]。
  • 結果を出すことよりも晴れ舞台に立つことを目的にマジックを行なっている。そのため、新型コロナウイルス感染拡大によってテーブルトップで対戦できなかった頃は人一倍ストレスを感じていた[1]。

主な戦績

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その他

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代表的なデッキ

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脚注

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  1. ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 『マナバーン2022』(ホビージャパン、2021年12月23日初版)p.44 ISBN 9784798626918
  2. ↑ 【PTRIX】未踏の地、ビルバオに到着【Day0】
  3. ↑ 新シーズンの幕開け ~プロツアー『イクサラン』とグランプリ・上海2017~
  4. ↑ ウインターグランプリ最速レポート(ディメンション・ゼロ公式サイト)
  5. ↑ はまの知らない遊戯王-古代遊戯王編-(2021年10月26日 リンク先は動画)
  6. ↑ 晴れる屋のTwitter
  7. ↑ 『マナバーン2021』(ホビージャパン、2020年12月21日初版)p.7 ISBN 9784798623849

参考

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